曽我部マコトの言わせていただきます!

そんなに言いませんけど。

四国大会本番まで。その2

それは二人にとって本当に、
怪我よりも深刻な問題だったかもしれません。
会場に向かう。
楽屋に入る。
みんな表面上はいつもの通り笑ったりおしゃべりしたりしていたけれど、
嫌な空気はどうしても拭えなかった。失敗するのがこわかった。固い演技になるのがこわかった。
しかしこのままではどうしたって固い演技になるのに決まっているじゃないか。

私と越智は、キャストを楽屋から出して、外の駐車場に連れて行きました。
とにかく少人数で話したかった。
越智が笑って、みんな、手をつなごう、と言いました。
今回のキャストは4人なので、それは小さい輪になりました。
越智が話しました。
本番前にいつも思うのは、自分が役者でなくて本当によかったということだ、
みんな今、どんなに舞台に立つのがイヤだろう、でも考えてみてほしい・・・。

越智の話は、
世界が変わるくらいの力を持っていました。
私はびっくりしておかしくって嬉しくって、ただ手をつないだまま地面をみつめていました。
私の正面にいた3年Sの足元に、涙がパタリと落ちました。
見上げると彼女は泣いていて、ごめんなさい、と言って笑った。
彼女だけでなく、みんなボロボロ泣いていて、パタリ、パタリ、と地面に涙を落として笑った。
そうですね、そうなんですよ、本当に、わかりました、今度は、やります。
犬も、猫も、笑っていた。
ああ本当に、こんなことがあるんだ。彼女らは、さっきまでとは違う世界の住人だ。ただ、言葉の上だけのことなのに。

暗い袖から舞台に飛び出して行った彼女らは、
力強くて軽やかだった。
もうしてやれることは何もない。
何もかもが安心だった。
いつものように握手して客席に帰った。
緞帳が上がる。
そこで演じられた「犬山さんと猫田さん」は、おおよそ考えられる中で最高の芝居だった。
声は調節した通り、まるでずっとその声で練習していたかのように自然だった。
笑いがほしいところの、なんと9割で(ということはほとんど芝居中ひっきりなしで)、会場はばんばん笑ってくれた。
笑いに力を得て、彼女らはさらに自由になる。
なんと柔軟な、なんと伸びやかな、私がそうあってほしいと思ったまさにそんな演技がそこにはあった。
芝居の中盤から胸がいっぱいになって、涙がふくらんだ。
ああ、これが見たかったんだ。これ以外はなかったんだ。よくぞ針の先で突いたような一点を、こんなにもしなやかに彼女らは演じてくれたことだ。

越智が何と言ったかって?
前の晩から考えていたそうですが、
ちょっとあんまり大切すぎて、ここには書けないことなんです。
なんだそれならここまで書くなよ?
すみません。でもなんだかその周囲だけでも書いてみたかったものですから。誰にも頼まれてないのになんで私は書くのかなあ。