曽我部マコトの言わせていただきます!

そんなに言いませんけど。

卒業の日の答辞バナシ。

答辞の冒頭は「法皇の峰に早春の光まぶしく」の予定だったが、
当日朝は、雨も落ちてきそうな曇り空である。
今年は週間予報が「晴れ」だったので、代替案も考えていなかった。
昨日などは本当にまぶしい朝日に残雪も輝いていたんだが。

そんなわけでSHRの後、元部長Rを職員室に呼び出して、
法皇の峰に早春の『風吹き渡り』」に変えることを告げた。
「さっき、ちょっと降ってましたよね。」
「午後からは照るらしいけど午前中はこの調子と思う。もしも体育館に強い日差しが差し込めば『光まぶしく』にしてもいいけど、それはないね。『風』でいきましょう。」
「はい、わかりました。」
「風吹き渡り」では今ひとつだが、最小限の変更に留めることが最優先である。

式が始まってぼんやり考えていると、
法皇の峰に『も』早春の風吹き渡り」の方がまだしもよかったのではないかと思われてきた。
そして時間が経つにつれて「も」がないことについてかなり後悔されてきた。
しかし厳粛な式は始まっており、既に動くことはできない。
しかもRは「橘賞」から「功労賞」から「皆勤賞」からすべての呼名に返答しなければならない生徒である。
もはや伝える術はない。
何より、直前にあたふたと変更したことが功を奏することもあまりないものだ。
今は焦っておかしくなっているだけだ、冒頭の一節なんて誰も気にしていないんだよ、と、
私は自分に言い聞かせて座っていた。

さて答辞である。
Rが登壇した。
「答辞」、と澄んだ声が言い、その後を、
法皇の峰に早春の光まぶしく」、と、当然のように彼女は続けた。
光まぶしく?

私は何かがほどけて体中に広がっていくのを感じていた。
体育館の床には薄い春の日が差し込んでいないわけでもなかった。(「ワタシ的には、まぶしかったんです。」と、後からRは言った。)
私は329名の卒業生に、光まぶしい中へ巣立って行ってほしかったのだ。
だから、これでよかったんだ、と目を閉じて私は思った。
よくやったよ、R。
全くあなたには光が似合う。
何事もなかったように、Rは答辞を続けていた。