曽我部マコトの言わせていただきます!

そんなに言いませんけど。

読書感想文講座・「上級編」 (読書感想文3年生選評 H18全校プリント掲載)

 私は体育が苦手なので、今さらどれほど「スポーツは楽しいものだ」と言われても、おそらく一生スポーツを楽しむことはないと思います。しかし私は小学校から大学まで、体育の授業と言えばそれはそれは涙ぐましく一生懸命に取り組んできたつもりです。世の中にはつらくても逃げてはならないことがありますよね。

 さて、国語が苦手なみなさん。みなさんは、今さらどんなに「読書は楽しいものだ」と言われても、一生読書を楽しむ気にはならないかもしれません。けれども本当に申し訳ないけれど高校卒業までは、年に一度でいい、涙ぐましく一生懸命に読書感想文を書いてください。世の中にはつらくても逃げてはならないことがあるわけですよ。また、読書感想文がイヤでたまらなかった3年生のみなさん、今まで本当にごくろうさまでした。もう書かなくってかまいません。読書の楽しさを伝えてあげられなくてすみませんでした。あなたたちがこれからの人生で何かの拍子に「読書好き」になる機会があるよう祈っています。私もひょっとしたら、何かの拍子に「スポーツ好き」になったりするかもしれませんしね。

 というわけで、「国語が苦手なみなさん」はさておいて、今回私がスペースを割きたいのは、「国語が苦手じゃない」、「読書も読書感想文もけっこう好き」というみなさんへのアドバイスです。題して、読書感想文講座・「上級編」。
    
 さて、上級を目指すみなさん。私がみなさんの読書感想文を読んでいてもっとも気になるのは、みなさんの感想文があまりにも「素直」であるということです。「素直」は褒め言葉とは限らない。むしろ創作においては致命的でさえあります。読書感想文というものはもちろん「読む」という行為に始まりますが、「書く」という創作行為でもあるということを忘れてはなりません。では読書感想文において、どのようなことが「致命的」に「素直」と言えるのでしょうか。

 それはたとえば、乙武氏の『五体不満足』を読んで、「障害を乗り越えて強く生きるって素晴らしいと思った。」というテーマで書く、ということです。そのような読書感想文はアウツだということです。これは、「そう書くと賞を逃す」とか、「技術的にこうしない方がいい」とかいうレベルの問題ではありません。そうではなく、そのようにしか考えられないという時点で、創作には値しないということなのです。誤解しないでくださいね。「障害を乗り越えて強く生きるって素晴らしいと思った。」という視点は、絶対に必要です。あの作品を読んでそのような受け止め方ができない人、できていない感想文には、それこそ価値がないでしょう。(ただ単に「ひねくれた」感想文は、「素直」よりもタチが悪いものです。)しかし、考えてみてください。あなたが書くのは読書感想文という創作作品なのです。あなたの読書感想文に、そこまで社会通念上当たり前のことを結論として書くのでは、あなたが感想を持ってそこに介在する存在理由がないではありませんか。

 それなのに、恐ろしいことに、現在の川高生の読書感想文の、なんと9割以上が、そのような様相を呈しているのです。国語を、私における体育のごとく苦手な人ならしかたがないとしましょう。しかしいやしくも、自分は本が好きだと口にするほどの者が、そのレベルの感想文を書いてはならないのです。この主人公はすごいと思った、これらの出来事はつらいと思った、そのような浅いテーマで何枚書き連ねても、高校生の読書感想文としてはあまりにも幼稚と言わざるをえません。そうは思いませんか。

 そんな中にあって、3年生特選の井原さんの作品は違っていました。彼女が選んだ本は、遠藤周作の『海と毒薬』。戦時中の「生体解剖」という恐ろしい出来事をもとに書かれた小説です。「戦争中は人間性が麻痺して恐ろしいことをしてしまう。戦争は絶対によくないと思った。」と「素直」に書けばアウツです。だってそれは本当に、誰が考えても当たり前のことですから。井原さんは、その犯罪に手を染めた一人である「勝呂医師」に、共感を覚えてしまう、と書いているのです。そうして、患者に優しく正義感のあるこの人物が周囲に流されこの恐ろしい出来事を拒否できなかった点について、それが「日本人の典型」であるように思う、と書いているのです。それはまさしく、作者遠藤周作が、読者に訴えたかったことに他なりません。遠藤は、生涯を通じて日本人とは何かを問うた作家です。井原さんは「海と毒薬」を読んで、そのことを掴み取っているのです。苦悩の中から作品を生み出す小説家と、時代を超えてその意を汲み取ろうとする若者の姿に、読む者は未来を感じることができます。それが読書感想文の本当のあり方だと私は思うのです。

 優れた本から、あなたのフィルターで、あなたの結論をつかんでください。その本が読むに値する本であり、あなたの感じ方が「素直の先」に進めれば、その結論はきっと作者の主題に通じるものになるはずです。優れた小説は、深い主題を秘めています。それを発掘する作業の楽しさ、それを自分だけは発見したのだというときめきこそが、優れた読書感想文を書くモチベーションになるのです。

 「上級編」いかがでしたか? 来夏には、「素直の先」の感想文に出会えることを楽しみにしています。