曽我部マコトの言わせていただきます!

そんなに言いませんけど。

静岡県立富士高等学校「紙屋悦子の青春」

「あげとーふ」の後の舞台になんか誰だって上がりたくない。
しかし高校演劇では、
「今舞台で何が起こったのか」を知らずに、
次の学校が幕を開ける。
富士高校については素晴らしいとの前評判を耳にしていたが、
「あげとーふ」に比べてあまりに地味なその出だしに、
こんなでだいじょうぶかしら、
などと、いらぬ心配をして見始めた。
そして、すぐに引き込まれた。
静かなたたずまいのうちになんと難しいことをやってのけるのだろう。

役者が魅力的だった。
芝居の流れ上、
「明石少尉」に魅力的な男子が配役されることは予想がついたが、
そして予想通りの顔立ち、身長、声の深さ、演技力であったのだが、
次第に私たちの心をぐいぐい惹きつけていったのは、
「永与少尉」役の男子だった。

おはぎを食べるシーンでは、
何もセリフがない中で、
三度も会場が爆笑に沸いた。
この役者の人柄がにじみ出ているとしか思われなかった。
そういう朴訥さが、
芝居の中での「永与少尉」の役割―恋を諦めた「悦子」が選んだ誠実な伴侶―を浮き上がらせ、
戦争の中で懸命に青春を送った一人の女性の生き方に現実味を与えた。

松田正隆の台本が素晴らしい。
どうして感動してしまうのだろうと思う。
語るべきものが何もない中でわざと葛藤を作ろうとしてしまうその姿勢とは全く逆の、
悲惨な事実を厳として踏まえた一見淡々とした台本、
それを全身で受け止めた、富士高校演劇部の、抑えた、温かい演技。
思い出すたび、今も胸を締め付ける芝居である。