曽我部マコトの言わせていただきます!

そんなに言いませんけど。

卒業の日の職員室バナシ。

卒業式とHRが終わると、部活に行くまで、別に普通に職員室にいる。
一緒に写真撮ってくださ~い、とか、
お世話になりました~、とか、
ぼちぼち挨拶に来る子もいる。
ピースして写真に納まったり、しんみりとお別れの言葉を言ったりするが、
別れの数は多すぎて、身も世もないような名残惜しさはないのである。
いちいち感情のすべてを使っていると身が持たないのでどこかでセーブするように努めてきた、
この年にしてその成果がすっかり現われてきたと言えましょう。

それにしてもです。
国立理系クラス、
この学年で一番長い間一緒にいたのはあのクラスなんだけど、
面白いことに誰一人挨拶に現われない。
理系というのはそういうところがあるのである。
冷たいとかではなくて、そういう存在なんですね。
とか思いながら、いや、思ってもいなかったか、
周囲の先生方もなぜか誰もいないので職員室の一番奥の席で一人お弁当を頬張っていたそのとき、
当の国立理系クラス、Tが現われた。

Tは緘黙の生徒である。
理解力は高いのだが、声にしないので、授業中も発言での指名はしてこなかった。
黒板に書かせたり、プリントに書いた答えをこちらで読み上げたりしていたのである。
3年生になって表情が和らぎ、
物理の先生が彼の声を聞いた(物理が特に好きなのです)とも聞いていた、
担任の先生の前でも口を開くようになっていたとは聞いた、
しかしその彼が、いったい誰もいない職員室の奥の奥まで入って来て、
なんでまっすぐこちらに向かって進んで来るんだ。
「T、どうしたの?」
なにか用事があるのだと思って聞いたけれどすぐ後悔した。
首を振ってイエスかノーかで答えられる質問ではなかったからだ。

数ヶ月前にも同じことがあった。
考査中は生徒は職員室に入れないので、入り口でそれぞれに用事のある先生を呼ぶ。
何も言わずじっと立っていたTに「誰を呼ぶの?」と聞いてしまったのである。
あの時も後悔した。
あの時Tはしばしの沈黙の後「N先生。」とゆっくり答えた。
私が彼の声を聞いたのは後にも先にもあの時だけだ。

Tはしばらく私の前で立っていた。それから、
「3年間お世話になりました。」と言った。
低くて響きのいい声だ。
私は握手をして、「T、頑張ってな。」と言った。
きびすを返してゆっくりTが去って行った後、
お弁当の続きを一口食べて、私は一人で泣いてしまった。