曽我部マコトの言わせていただきます!

そんなに言いませんけど。

V6耳。

「最近の歌手は何言いよるんかわからん!」
とは、昔よく父が怒っていたセリフだが、
実は2、30年ほど前から、
私にも「何言いよるんかわか」りにくくなってはいたのです。
最初にわかりにくいなと思ったのはサザンで、
次にびっくりしたのが小室哲也(渡辺美里)とかB,z。

これらの歌詞が聞き取りにくいのは、
歌い方、滑舌の良し悪しだけが理由ではなく、
1 突然の英語交じり。
2 一つの音符に二つ以上の母音を載せる。
の二つが大きく関係していると思われます。

ではなぜこのようなことが広く行われるようになったかというと、
日本語は英語やドイツ語などラテン語発の言語と比べると、
一つの単語を発音するのにたくさんの母音を必要とする、ということでしょうか。
たとえば「cast」と発音すれば、
英語は「a」という一つの母音だけでこの単語の意味を表現できますが、
日本語は「キャ・ス・ト」であり、「a」・「u」・「o」の三母音が必要です。
そして音符というのは歌唱の場合、一つの母音に一つ用意されているものです。
ということは、
同じ意味内容をメロディに載せる場合、
英語は少ない音符で済み、
日本語には多くの音符が必要である、
逆に言えば、
同一メロディラインでは、
英語に比べて日本語はかなり少量のメッセージを伝えることしかできないという宿命を負っているわけなのです。

「野ばら」という有名なドイツの歌がありますが、
あの冒頭四小節を例に取ると、
日本語は「わ・ら・べ・は・見~た~り」というメッセージまでを歌うことしかできませんが、
ドイツ語は「ザー・アイル・クナー・バイン・リ~スラ~インシュテイン(綴り忘れたんで片仮名)」、つまり、「一人の少年が赤いバラを見た」までのメッセージを歌うことができるのです。
この違いは大きい。

同一時間における若者の欲する情報量は、
それはもう、うちの父親の時代と現代とではわけが違っていますから、
自然、サザンは突然英語になって私をびっくりさせ、
渡辺美里は「マーイ『レボ』リューション♪」と歌って私をびっくりさせなければならなくなったのだろうと、
このように私は理解してきました。
で、やっと話はV6だ。

V6の歌詞は聞き取りづらい。
例えば「終わらない」という言葉を彼らが歌うとき、
今までの日本の歌なら「お・わ・ら・な・い」で五つの母音を有しているゆえに五つの音符でゆっくりこれを歌ってくれていたわけですが、
V6の場合はまず「おわらない」は「おわんない」と発音されます。(「ん」英語圏の子音の扱いと全く同じように「わ」の後に短く添えられています。)
そして最初の「お」は弱拍として音符の前に出され、
それからなんと次の「わ」と「ん」と「な」が一音符で発声されるのです。
そしてやっと「い」に一音符があてがわれます。
つまり、「終わらない」という「五音符に該当する時間」を取るべき語句が「二音符分の時間」しか取っていないというわけです。
あの、アップテンポの二音符分。
ぼーっと聴いていると、
「終わらない」とは到底聞こえず、
「わな・あい」と歌っています。本当にそう歌っているのです。

私はこの2月からV6を聴き始めたわけですが、
そういうわけで最初の頃は本当に何を言っているのかわからなかったし、
従ってなんだか覚えることもなく、鼻歌に出ることもなかった、
だがしかし!
1ヶ月ほど聴き倒した頃であろうか、
突然何を言っているのかすべて聞こえるようになってきたのである!

「英語耳」というのがあるそうじゃないですか、
ずっと聴いていたら突然英語が聞き取れるようになるとかいうあの、
それが私にもやってきたわけですよ「V6耳」。
ああ長い話だったぜ!

あの時間を英語に費やしていたら英語が聞き取れるようになっていたんだと思われます。