曽我部マコトの言わせていただきます!

そんなに言いませんけど。

平成30年度四国大会を終えて(四国高演協だより掲載 by「ひなひとり」「ひな」役・U田)

 四国大会が終った。終ってしまった。夏からひたむきにともに走り続けてきたこの作品で戦える、 そして同時に私たち二年生の出場できる大会は、終ってしまった。
 大会前日、リハーサルの日。私たちは朝早くバスで出発し、香川へと向かった。私はそのとき、 きっと今迄のどんな時よりも不安でたまらなかったように思う。なぜって大道具の積み込み作業中 のその時でさえもド下手くその私は練習をしていたのだ。先生と向かい合って、狭い部屋で、ひた すらに。その時の息の詰まるような感じをよく覚えている。怖かった。自分のせいで負けてしまうと、 その時は本当にそう思っていた。
 香川に到着し、私たちはリハーサルの為にホールへ向かった。私はそのリハーサルも思うように 出来ず、浮かない気持ちで楽屋へ戻った。椅子に座って、この後も練習するかなとか、どうすれば 良くなるかなとかいろいろ考えようとしたが、私の心の中では「私のせいで負ける」という気持ちがど んどん大きくなっていた。
 その時だ、彼女が私の手を握ったのは。
 大きな車輪を回して私の横にやってきたあの子は、静かに私の手を取って、大丈夫だよと言った。 私は、楽屋の真ん中に座っているにも関わらず、子供のように泣いた。涙が止まらなかった。リ ハーサルを終えてみて感想を言おうかとなって私の順番が回ってくるまで、私はそうしていた。もし かすると周りの仲間は大いに慌てていたかもしれない。なんたって主役が前日に大泣きしてるのだ から。私は、震える声を抑えて弱音は吐き切りましたとそう言った。
 何故かその時から、私はどうやら良くなったらしい。先生が、あんた泣いたら上手くなるのとちょっ と呆れたように笑った。コーチが、声が変わったねと、真剣な声色で言った。後輩が、狭いホテル の一室で、涙を流してくれた。何度も何度も練習に付き合ってくれたあの子が、今までで一番うま いと言った。今まで一回もそんなこと言ったことないやつが、なんか上手くなったねなんてしれっと 言った。いつもにこにこしているあの子が、ちょっと泣きながら、嬉しそうに私の名前を呼んで、抱き しめてくれた。こんなに幸せな時間はもう来ないと思った。今寝たら、もう本番が来ちゃうんだねと 誰かが言って、皆で台本を読みながら眠りについた。
 私はあまり頭が良い方ではないので、本番の一分一秒の記憶はあまり無い。それこそあっという 間に終ってしまったという記憶しかない。代わりに思い浮かぶのは、本番が終ってから食べた辛い 麻婆豆腐の味とか、強風に煽られながら通ったホテルへの道とか、顔を真っ赤にして泣いていた みんなとか、何をするでもなく夜更かしして、次の日の朝やっぱり眠くて寝てしまっていた間抜けな 顔とか、そんなことだ。
 私は、この劇をやり終えたら、霧が晴れるのだろうかとずっと期待していた。演劇というものの持 つ、漠然とした不安や疑問、霧のようなそんなものが晴れて、先に何があるか見えるだろうかと。し かし今、その答えはやっぱりわからない。ただ一つわかったことがある。涙が枯れるほど泣いて、声 が枯れるほど笑って、あの子と出会ったあのときから走り始めていた「ひなひとり」を走り切って、わ かったこと。幕閉じ直前に、わかったこと。まぶしいライトに照らされて私は、ああ、私が居たのは幸 せという漠然とした霧の中だったのだと、気が付いた。